鬼平犯科帳9【白い粉】(文春文庫)
長谷川平蔵の家で料理番をしている勘助。
ここ数日味付けが妙である。
実は勘助博打で借金を造り、女房を連れ去られていた。
そして付きまとう男達から、金を返せぬのならと差し出された、白い粉。
つまり、平蔵の料理に毒を盛れと……。
勘助は悩みつつも夕餉の膳の吸い物へ白い粉を落とし込む。
腕ある男の得意料理、だがこの日の味はちっと違う。
上方でいう〔あぶらめ〕という魚。
関東では鮎並と言うし、江戸へ入る小さなのを〔クジメ〕ともよぶ。
長谷川平蔵は若いころから、この鮎並が大好物であった。
鮎並は細長い姿をしてい、緑褐色の肌に斑文が浮いているし、鮎のような姿ながら、あまり美しいとはいえぬ。
平蔵はこれを辛目に煮つけたものが、好きであった。
その日鮎並の煮つけが、夕餉の膳にのぼった。
「や、これは……」たのしげに箸を取って一口。
傍らにいた妻女の久栄は、さだめし、夫・平蔵の口から、「うまい!!」の一言が洩れるとおもっていたのだが、平蔵は小首をかしげ、もう一口。
「いかがなされました?」久栄の問いにはこたえず、平蔵は鯨骨の吸い物に口をつけて、「妙な……」と、つぶやいたものである。
「妙な?」「勘助のことよ」「勘助が、どうぞいたしましたか?」勘助は半年前から、長谷川家ではたらいている料理人なのである。
〔中略〕
「このごろ、勘助はどうかしている。ところに何ぞ、屈託があると見える」
【鮎並の煮つけ】
料理:田村隆
材料:二人分
鮎並(70g×2切れ)濃口醤油(50㏄)酒(50㏄)みりん(50㏄)砂糖(15g)鰹出汁(50㏄)くず粉(適量)木の芽(適量)
鮎並は三枚におろして、丁寧に骨抜きをする。
小骨が多いため骨切りをする。
骨切りをした中まで刷毛でくず粉を丁寧に付ける。
〔身の中に使った美味さを逃がさない一工夫〕
鍋に鰹出汁、酒、味醂、濃口醤油、砂糖を入れる。
一煮立ちしたら皮を下にして鮎並を入れる。
再び煮立ったら落し蓋をして3~4分煮る。
落し蓋をして3~4分煮たら一度火を止めて冷ます。
再び火を点け汁をかけながら味をしみこませる。
煮て冷ます、煮て冷ますの繰り返し。
鮎並の煮上がりは美味そうな黄金色に、小鉢に盛り木の芽を添える。