鬼平犯科帳5【兇賊】(文春文庫)
鷺原の九平は旅の道中、悪い奴らの会話を耳にした、それは鬼の平蔵暗殺計画。
神田で芋酒屋を営む九平だが、この男もまた一人働きをしてきた老盗だった。
そんな九平の店にやって来た、浪人風の客。
気さくで情の厚い男に惚れ込んだ九平だが、その客は店を出てすぐ襲われた。
その客は長谷川平蔵だった。
老いた盗人が振る舞う芋酒と……。
神田豊島町一丁目の、柳原土手に面した一角に、〔芋酒・加賀や〕と染めぬいたのれんをかかげ、ごく小さな店をやっているのだが、気が向かなければ店の戸を開けもしない。
それでいて、「芋酒は加賀やにかぎる」近辺では評判がよい。
芋酒というのは……。
皮をむいた山の芋を小さく切って笊に入れ、これを熱湯にひたしておき、しばらくして引きあげ、擂り鉢にとってたんねんに摺り、ここへ酒を入れる。
つまり、ねり酒のようにしたものを、もちいるときに燗をして出す。
「いやもう、加賀やの芋酒をやったら、一晩のうちに五人や六人の夜鷹を乗りこなすなざあ、わけもねえ」と、これは近辺の大名屋敷にいる〔わたり中間〕のせりふだ。
つまり、一種の〔精力酒〕のようなものである。
もちろん、芋酒のほかに普通の酒も出す。
それに九平、六十になるまで女と暮らしたことのない男であったから、こまめに気のきいた肴をつくるし、当人もまた、ひそかに、(おれが生き甲斐は一にお盗め。二に包丁をもつことさ)自負しているほどであった。
九平の店で評判の食べものは、〔芋膾〕である。
これは里芋の子を皮つきのまま蒸しあげ、いわゆる〔きぬかつぎ〕をつくり、鯉やすずきなどの魚を細めにつくって塩と酢につけておき、芋の皮をむいて器にもったのへ魚の膾をのせ、合わせ酢をかけまわし、きざみしょうがをそえた料理だ。
季節になると、加賀やの芋膾を食いに行こうというので、酒がのめない連中も九平の店に押しかけるさわぎ。
気が向くと九平は、芋飯を炊いて客へ出したりする。
どうも九平、芋が大好きなのらしい。
いも膾、平蔵は「うまえぞ!」と言い女房の久栄に土産を詰めさせるほど。
【芋膾】
料理:田村隆
材料:二人分
里芋(6個)鱸(60g)塩(小さじ半分)酢(50㏄)薄口醤油(25㏄)みりん(25㏄)出汁(150㏄)鰹節(5g)生姜(適量)
鱸は三枚のにおろし、皮を引き細切りにして塩で揉んで5~6分置く。
身から水分が出たら軽く絞っておく。
里芋は皮の付いたまま蒸す。
出汁、酢、薄口醤油を混ぜ、煮立たせる。
ふつふつして来た処で追い鰹、一煮立したら濾して冷す。
このうま酢を鱸にかけて和える。
味が馴染むまでねかせる。
蒸しあがった里芋は皮を?き器に盛り、その上に鱸を盛り、さらに針生姜をのせ、うま酢をかける。
7:55 2014/05/02